/1 Bad fantasm&died
緋色の花が舞っている。
空気を侵す暴虐の薫り、あまりに美しすぎるその残酷性。
汚濁した粘着質の口紅で飾って、それでもその笑みは収まるところを知らない。
日常を逸脱した非日常の脅威が、常識の下僕を/平素のルールを/当然のように捏造された先入観を悉く淘汰する。
血の海に溺れるサカナ。息をするのも忘れてしまった雑魚。
その骸を踏み越えながら、暴虐の魍魎姫が舞っている。
凡庸な真白のドレスを深紅に染め上げて、それでも彼女は美しすぎた。
それはあらゆるものの存在を許容しない魔女。
その前では逃亡も、
■が逃げようと試みるが/
反撃も、
■が反撃しようと試みるが/
懺悔も
■が許しを請うが、悉く無駄な抵抗に終わる。
手で触れただけ、だたそれだけの、単純な日常行為。
誰がやっても何の威力も発揮し得ない、あまりに軽すぎる一撫で。
トマトすら潰し得ない接触は、しかしそれの数倍はあろうかという果実を叩き潰す。否、それは、どちらかというと、果実の方が勝手に潰れていったように見えた。
――破裂。
赤い飛沫と、気色の悪い何かが飛び散る。おそらく脳漿だろう。
白衣の悪魔はそのまま回転、
何が起こったのかまるで理解できずに惚けているもう一人に接触する。
彼がようやく事態を悟り、握り拳を振り上げた時にはもう遅かった。その腕は何かに引っ張られたかのようにピタと虚空で停止する。
驚愕に表情が凍る。
何かの間違い、そう信じたかったのだろう、何度も、何度も、何度も何度も何度もその動作を繰り替えし、だが、その悉くがまるで目標に到達出来ずに停止する。その様はまるで繰り糸に囚われた糸繰り人形。
怪物は、彼の滑稽さを嘲笑うかのような残酷な笑みで、さよなら、と云った。怪物が言葉を話せる知性を備えているという事実が、恐怖をより際だたせる。
――捻じ切り。文字通りの封殺。
絞られた雑巾のような形状のそれから零れたのは、汚水ではなく血液だった。
覚悟を決めたらしい有象無象が各々の武器で斬りかかる/殴りかかる/撃ち滅ぼそうと乱射する。
それを無駄と嘲笑っているのか、白い悪魔は狂った笑みと変らぬ美貌のまま加速加速加速。
粉骨砕身の覚悟で特攻したカレらの速度こそ驚異的だったが、そんなものアイツには亀の歩みも同然だった。
正に神速。尋常ならざる脚力を以て、瞬時に接触――破壊。
斧が、刀が、銃弾が、悪魔を屠る為のあらゆる武装が、その怪異を抉ってゆく。ここに来て、初めて雑魚軍団は歓喜の声をあげた。
だが、違う。それは違う。馬鹿野郎、それじゃあ駄目なんだ。
曰く――怪物は不死であるが故に怪物たり得る。即ち――
……その異変に気が付いたのは誰が最初だったか。そんな些細な問題は一秒後には意味をなくしてしまっていた。
接触、補修、再生。自己に働きかける構造干渉。
瞬時にして再生した怪異は、他のモノにすら気付かぬ速度で全てを終わられた。
――殺戮。
勝利を確信し、希望にしがみついたカレらは、或いは幸せだったかも知れない。何故ならその大半は、相手が再生したと認識する前に死することが出来たのだから。
それら死肉の山の中に於いて、未だ意識を保っている不幸な者達も幾らかいた。
アイツの口の端が吊り上がる。
嘲笑。
それは動けない獲物をいたぶり嬲る支配者の喜悦。
――接触。あの女――悪魔が耳元で何か囁いている。悲鳴悲鳴悲鳴。パキパキと音を立てて、男の指が一本 一本あらぬ方向へねじ曲がってゆく。1、2、3、4、5、6、7、8、9、10。爆笑。
手の指が終わったら足の指へ、それが終わったら両腕をもぎ取って、次は足。敢えて視覚と聴覚と嗅覚は後回し、舌を抜いて男根を切り取り腹を裂き腸を引きずり出し巻き付けて糞尿を口へ流し込みやっと眼球を抉りだし耳鼻を削ぎそこでやっと対象のショック死を確認する。
彼女にとって拷問機具などまるで意味のない代物でしかない。なんたって、その身一つで何よりも深い絶望を与えることが出来るのだから。
そして最後の一人は更に凄惨な最後を飾った。
何度も、何度も、繰り返し、繰り返し睾丸を蹴り潰す、激痛、絶叫。しかし、逃げようと足掻いても足がまるで動かない。腹筋と腕力も弄られ、仰向け開脚の姿勢からまるで動けない。蹴り潰された後、彼女の手が触る。男はビクリ、と痙攣し、女は薄笑みを称え見下している。アレは神経まで弄れるのだろうか、やがてカレの生殖器は膨張を始め、それを死神は再び蹴り穿つ。
激痛、快感、羞恥、射精。引きつった男の笑い声はやがて拡散した狂笑へと変ってゆく。血の海に沈みかけながら、自分は抗う術も持たず、どころか怪物の玩具にされながら、惨めったらしく獣に墜ちている。
結局、男は何度もそのサイクルを繰り返した後、脱水症状により死亡した……血など殆ど流していないというのに。
俺は更なる恐怖を覚えた。
この女は、目の前にいる少女の顔をした悪魔は、正気と常識と安心どころか命すら奪い、それでも足りずに人としての尊厳まで剥奪する。
――それは何て悪夢。
瞬殺・封殺・殺戮・拷問・陵辱、幾度にも血塗られた五重奏。
まず、始めに感じたのは圧倒。そして恐怖。
平常を遙かに凌駕する感情の奔流、ボーダーを破壊したそれは容易く錯乱状態を引き起こす。
自分でも何を考えているのかよくわからない。
目の前にいるのは、俺の敵で、
でも何人をも寄せ付けない絶対の君臨者で、
俺は今何も出来ないで棒立ちになっていて、
見ず知らずの誰かたちは次々にに殺されてゆく。
他の追従を許さない破壊――殺戮――強奪。一体これが、この世のどんなイキモノに言い換えられるだろうか。
ライオン? 馬鹿云うな、そんな生やさしいものじゃない。そんなヤツはサファリパークにでも行けばいい。
違う。これは違う。全ての根本――精神構造、基本骨子、遺伝子からして異なっている。そもそも残酷さのみを追い求めた悪辣な幻想
そうして俺は理解した。否、初めから――あのプレッシャーを感じた時から分かり切っていたことだ。
――ああ、俺は絶対にこいつに勝てない。
一歩(その笑みを全く絶やさぬまま)、また一歩(優しげに誘惑しながら)、更に一歩(惨劇に心躍らせながら)、
ゆっくり、酷くゆっくりと、しかし確実に、
俺の"死"が、近付いてくる。
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